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盛岡銀判

盛岡銀判
盛岡銀判のイラスト
盛岡銀判(もりおかぎんばん)は、幕末の慶應4年(1868年)3月から盛岡藩が鋳造した地方貨幣です。

盛岡藩が独自の地方貨幣を鋳造した背景には、戊辰戦争の軍事費用を調達しなければならないことがありました。

盛岡藩が鋳造した盛岡銀判には、八匁銀判(はちもんめぎんばん)と七匁銀判(しちもんめぎんばん)がありますが、七匁銀判は試作品であったため、流通しておらず、現存するものは1、2枚と推定され、古銭の価値がつけられないくらい希少な銀判です。

一方、八匁銀判は古銭の買取市場では、150,000円から200,000円の買取価格がつけられています。

人気のある盛岡銀判

盛岡銀判 八匁(もりおかぎんばん はちもんめ)

盛岡銀判 八匁(もりおかぎんばん はちもんめ):表 盛岡銀判 八匁(もりおかぎんばん はちもんめ):裏 希少価値★★★★☆
相場価格100,000〜499,999円
時代背景 慶応4年 / 1868年 / 江戸時代
素 材

盛岡銀判の八匁とは、盛岡藩が江戸幕府の許可を得て、戊辰戦争の軍事費用調達のために発行した地方通貨と言われています。

しかし、多くの銀判はよい状態で残されているため、実際にはほとんど流通しなかったものと思われます。

盛岡銀判に利用されている銀の純度は99.5と非常高く、高品位の銀貨といえますが、そのため黒くさびている物も多くあります。

状態の気になる盛岡銀判をお持ちであれば、自分で手を加えず、古銭買取の専門店で価値や相場を査定してもらうと良いでしょう。

盛岡銀判 七匁(もりおかぎんばん ななもんめ)

盛岡銀判 七匁(もりおかぎんばん ななもんめ):表 希少価値★★★★★
相場価格
時代背景 慶応4年 / 1868年 / 江戸時代
素 材

盛岡銀判は、実際に流通した八匁の物と、試鋳の際にのみ作られた七匁が存在します。

この内、七匁は現在、東京大学経済学研究所が所蔵する1枚しか、その存在が確認されていない、非常に希少で価値のある古銭です。

八匁は角張った長方形の銀貨ですが、七匁は楕円形の銀貨です。

もしも七匁のように、希少性が高く、価値のある古銭を買取してもらうときには、まず、お電話などでお店に相談されるのも良いでしょう。

プロの鑑定士でないと正しい価値を見出すのが難しい場合もありますので、査定は専門店にお願いするのが望ましいと言えます。

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