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お金の歴史年表2 中世(平安末期・鎌倉・室町)編

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2017.03.24

お金の歴史年表2 中世(平安末期・鎌倉・室町)編

■平安時代末期(1160年から1185年)

1160年になると、平清盛を中心とした平氏による最初期の武家政権が発足します。
平氏は政治の中枢に入る以前から日宋貿易の権利を握っていたため、独占して宋銭を輸入できる立場でもありました。

この画像は、日本国内で最も多く発見される宋銭の「皇宋通宝」(http://古銭価値情報.com/kousoutsuhou)です。

1159年に朝廷は宋銭輸入禁止令を出していましたが、1170年になると平氏によって宋銭の利用が公認され、日本独自の新しい貨幣の鋳造は、江戸時代まで途絶えることになります。

1173年には南宋との正式な国交が結ばれ、本格的な宋銭の輸入が開始されます。

しかし、大量に流入した宋銭は、国内の経済に大きな影響を与え、1179年には朝廷内部から宋銭の流通禁止の声が出るなど、大きな混乱が生じました。

 

■鎌倉時代(1185年から1333年)

宋銭流通の実権を握っていた平氏が壇ノ浦で滅亡して以降は、源氏が政治の実権を握ることになります。

鎌倉幕府の成立以降も、宋銭の利用については賛否があり、対立がたびたび起きましたが、1226年には鎌倉幕府によって宋銭が国内通用貨と認められ、1230年には朝廷にも認められることになりました。

 

■室町時代(1336年から1573年)

3年間の建武の新政の後、足利氏により室町幕府が成立します。

この時代には明との勘合貿易が行われ、たくさんの渡来銭が輸入されましたが、それでも需要には追いつかず、粗悪な私鋳銭である鐚銭http://古銭価値情報.com/anasen/other_anasen#232)や、質の悪い渡来銭が多く入り混じって利用されるようになってきました。

 

そうすると、きれいな貨幣と見た目の悪い貨幣、宋銭と明銭など、いろいろな要素で撰銭(えりぜに)したい、区別したいという思いが人々に生まれてくるわけなのですが、しかし、そうすると、貨幣の円滑な流通に支障をきたしてきます。

それで、1485年に大内氏によって、また、1550年には室町幕府によって撰銭令が出されることになります。

この二つの撰銭令の中には

永楽通宝」(http://古銭価値情報.com/eirakutsuhou
宣徳通宝

出典 雑銭記

洪武通宝」(http://古銭価値情報.com/koubutsuhou

という、三つの明銭の名前が出てきます。

また、室町後期になると、各地で金山・銀山の開発が進み、「丁銀」と呼ばれる秤量貨幣が造られるようになりました。

 

「お金の歴史年表3近世(安土桃山・江戸)編」につづく・・・

 
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